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大分地方裁判所 昭和34年(わ)322号 判決

被告人 麻生一二 外三名

主文

被告人麻生一二、同野田和之を各懲役三月に

被告人小谷宙彦、同渡辺昭二を各懲役二月に

それぞれ処する。

但し、被告人四名に対し、本裁判確定の日から一年間いずれも右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人四名の連帯負担とする。

理由

(本件事件発生に至るまでの経過)

戦後日本国憲法の施行に伴い教育制度の根本的刷新が企画され、昭和二十二年三月に教育基本法が制定公布されて教育に関する基本原則が明定され、これに基く学校教育法以下の諸法令が整備されて新しい教育が発足した後も、教育関係諸法令の制定改正や、小学校、中学校の教科課程、その指導要領の改訂も逐次行われて来たところ、昭和三十三年八月に至り文部省令第二十五号により学校教育法の施行規則が改正され、中学校の教育課程中職業家庭科を技術家庭科に改編してこれを昭和三十七年四月一日より実施することとなり、右改訂に伴う移行措置として、昭和三十四年五月二十二日付で文部省初等中等教育局長より各都道府県教育委員会に宛てて、技術家庭科の研究協議会を各都府県において実施すべき旨の通知が発せられ、これに基き大分県教育委員会(以下単に県教委と略称する)においては文部省と共催で、同年七月末から八月にかけ、中津東高等学校、津久見高等学校、日田林工高等学校、鶴崎高等学校、大分工業高等学校の五会場において、それぞれの地区の中学校職業家庭科の担当教員を対象とする技術家庭科実技講習会を実施することを決定し、このうち日田地区のものは四十名を対象として(日田市十名、日田郡七名、玖珠郡十一名、其の他十二名)同年八月四日から日田林工高等学校において開催されることになつたが、右講習会の準備と円滑適切な運営を期するため大分県下の講習会全般を統轄する県本部運営委員会と各会場別運営委員会を構成することとなり、県本部運営委員会の委員長には県教育庁学校教育課長大石俊之が、同委員会事務局長には同課所属の中学職業家庭科担当の指導主事である広瀬典義がそれぞれ任命された。

ところが、小中学校の教職員の労働組合である大分県教職員組合(以下単に県教組と略称する)及びその上部連合体である日本教職員組合(以下単に日教組と略称する)は、昭和二十九年の義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法、教育公務員特例法第二十一条の三の新設、昭和三十一年の地方教育行政の組織及び運営に関する法律等一連の教育制度に関する法令の制定改正や文部省の昭和三十年頃からの教育課程の編成に関する見解の変遷並びにこれに伴う措置が、教育の政治的中立の美名の下に時の権力に迎合しない教員に刑罰を課し、教員の政治的自由を極度に圧迫し、或は教育委員の任命制の採用、勤務評定による教員の自由の束縛、反動的な道徳教育の強制等によつて、憲法並びに教育基本法の定める基本原則である教育の中立性、教育の自由、学問の自由を侵害するものであり、昭和二十六年頃から次第に現れて来た米国との軍事協定、我が国の再軍備、反動的保守的思想の抬頭等と表裏するものであつて、相俟つて再び若い世代を戦争に駆り立てるものであるという認識の下に、その都度他の職域の労働団体や政治団体等と呼応して強力な反対闘争を進めて来たものであるが、特に前記学校教育法施行規則の改正による教育課程の改訂は、指導要領に基準性、拘束性を附与することによつて反動的教育内容を強制するものであつて、これは教師による自主的な教育課程編成権に対する侵害に止まらず、教育に対する不当な支配を志向するものであつて教育の自主性、中立性を侵すのみならず、内容的にも批判的精神を失つた職人的技術者の養成を目ざすもので教育の理想にも反するし、又教育課程移行措置に名を藉りて本件講習会を通じて教員の思想の再編成をしようとするもので、結局は再軍備と進歩的思想の弾圧に連なるものであるとして強力な反対闘争を推進することとし、昭和三十四年四月十四日付の日教組中央執行委員長より各都道府県教組委員長宛の指示第十七号によりこの方針が示され、更に六月四、五日に開かれた県教組第三十五回定期大会、六月十日から開催された日教組第二十一回定期大会、七月三日付県教組執行委員長より各支部執行委員長宛の指示第三号、七月十六日の県教組第一一三回中央委員会、其の他随時催された各支部や分会の討議等を通じて、県教委に対して計画の中止変更を交渉すると共に、各支部及び各分会は出席者に対して講習会不参加を説得する、各支部は講習会の二日前に受講予定者全員を集めて不参加を説得する、県本部及び該当各支部より五名以上の執行委員で説得班を組織し講習会初日各会場入口で不参加の説得を行う等の具体的な阻止行動が決定された。そして、これに基き教組側の活発な説得阻止活動が行われ、七月二十七日から行われた中津高校における講習会では結局警察官によるピケ隊の排除によつて受講者を会場に導入するという事態を見たが、日田林工高校における講習会についても教組側の講習会開催反対と受講予定者に対する不参加の説得工作が強力に進められ、県教組日田支部は八月三日午前中日田市公会堂において支部大会を開き、日田林工高校における講習会阻止と不参加説得の方針を再確認すると共に、同時に同公会堂に集会した日田郡、日田市等の受講者十四、五名位と緊密な連絡をとつて不参加を説得した上、教委側は八月二日から日田市の陽春館等で参加の説得工作をしているとの情報もあつたところから、右の受講者を日田市の藤野屋旅館に集結宿泊するよう取計らい、又県教組玖珠支部は八月二日豊後森の南部小学校において同郡の受講者十余名と同支部委員が集合して不参加体制を協議すると共に同夜から三日にかけ川底温泉螢泉荘や日田市淮園小学校等に受講者を集結宿泊させ、主催者側の参加説得から受講者を確保する方策をとつた。これに対し主催者側も教育長や校長等を介して受講予定者の参加説得に努め、受講予定者を福岡県杷木町筑後川温泉新泉荘旅館に集合させ、八月三日午後にはその数は十五、六名位に達したが、教組側はまだ教組側に掌握されない受講者が相当数残つていたところから、更に会場入口附近で入場しようとする受講者を説得すべく、且教委側が開催の前日から受講者を会場に導入することを慮つて、八月三日午後一時過頃から日田支部組合員等は日田林工高校前に臨時本部を設け受講者説得のため待機するに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人麻生一二は、昭和十七年三月大分師範学校を卒業し、兵役に服した期間を除いて日田郡等の小学校教員として奉職し、昭和三十年四月一日付で日田市の高瀬小学校教諭となり、昭和三十四年四月一日県教組日田支部書記長に選出され同年六月専従認可を得て組合運動に従事していたもの、

被告人野田和之は、昭和三十三年四月から日田市立南部中学校教諭となり、同年中は県教組日田支部書記長に、翌三十四年からは同支部書記次長になり事実上組合運動に専従していたもの、被告人小谷宙彦は、終戦の頃朝鮮より引揚げ昭和二十三年三月大分師範学校を卒業し、日田市北部中学校、同西部中学校教諭を経て昭和三十二年四月から同市東部中学校教諭となつたもので県教組日田支部の組合員であり、

被告人渡辺昭二は、昭和二十三年三月大分師範学校を卒業し、日田市の月隈小学校、三和小学校の教員をした後、昭和三十三年四月から同市月出山小学校に転勤し同校教頭として勤務していたもので県教組日田支部の組合員であるところ、

被告人等はいづれも、昭和三十四年八月四日から日田市丸山町三番地大分県立日田林工高等学校において開催が予定されていた前記文部省並びに県教委共催の昭和三十四年度中学校技術家庭科の日田地区実技講習会に対して前記のようにこれが開催に反対していた日教組及び県教組の指示に従い、県教組日田支部組合員等数十名と共に、講習会に参加するため集合して来る受講者に対し講習会への不参加を説得する目的で八月三日午後一時過頃から同高等学校正門前附近に集結して待機しているうち、同日午後五時過頃、大分県教育庁学校教育課の中学校職業家庭科担当の指導主事として且つ前記技術家庭科実技講習会県本部運営委員会の事務局長として、日田林工高校における講習会についても講師の選定、会場の設定、資材の購入整備、その他講習会実施に関する事務全般に従事していた広瀬典義が、翌日から開催される講習会のため必要な教材のラジオセツト、ラジオ部品、「技術教育の進め方」と題する教材約五十部位等を携えて、同高等学校に到着後直ちに電気木工等の講習会場の準備状況の点検、機械器員の据付け場所の選定、電波強度の測定、講師との連絡等の事務に着手するため、運営本部の事務所にあてられていた日田市の旅館山水館からタクシーに乗つて同高等学校に来校し同校正門から校内に入るのを目撃するや、同人を受講者ではないかと思惟し他の組合員数名と共に右タクシーの後を追い、同校玄関前でタクシーを降り同玄関のポーチの石段(三段)を上り入校しようとする同人を取囲み、交々「お前は誰かどこから来たか、何しに来たか、」等と尋ね、同人が「教育庁の広瀬指導主事だ、講習会の準備のために来た、」と答えたことから、同人が受講者ではなく講習会の準備のために来た広瀬指導主事であることを認識したにもかゝわらず、互に意思相通じ共謀の上、敢て同人の入校を阻止しようと企て、同玄関ポーチ附近において「技術家庭科の法的根拠は何か、まだ教組との話合いがついていないではないか、ここは立入禁止区域だから正門の方に行つて組合員と話合をしよう、」等と繰返し要求し、「私には団体交渉の権限がないから話合には応じられない、講習会の準備に来たのだからすぐに入れてくれ、」と答えて入校しようとする広瀬典義の胸附近を手で突く等して同人をポーチの石段下に押し返しその入校を阻止した上、被告人小谷、同渡辺において左右から同人の腕を掴み、これを振り切つて更に入校しようと試みる同人の抵抗を制して無理に押し、または引摺つて同校正門外まで約三十七米引戻し、更に同所で「技術家庭科の法的根拠を示せ」等と迫りながら他の組合員十数名と共に同人を取囲んで余義なくその入校を断念するに至らしめてこれを阻止し、以つて同人の前記公務の執行を妨害し、且つ前記暴行により同人に対し治療約一週間を要する右上膊擦過傷兼打撲傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人等並びに各弁護人の主張に対する判断)

一、事実関係並びに法律点に関する各主張に含まれた本件中学校技術家庭科講習会の開催が違憲であるとの主張について先づ検討することとする。

所論は、平和主義、民主主義を基調とする憲法並びに教育基本法の下においては、学問の自由、教育の自主性、中立性が確保されなければならないところ、本件講習会は文部省が単なる学校教育法施行規則の改正により教育課程を改編し、文部省告示を以て学習指導要領を定め、これに法的拘束力を持たせ、これが実施のために担当教師に研修を強制しようとして開講を企図したものであつて、政府が昭和二十六年頃から安全保障条約下における再軍備政策を推進するため、教育によつて国民の良識を抑圧し、再軍備政策を支持させようとする意図に基く反動文教政策の現れであり、学校管理体制の強化による勤務評定、道徳科の特設等逐次実施された諸施策と同様に、文部省のこうした教育の自由を侵害する具体的な段階として行われた違憲の行事であるというにある。

ところで前掲証拠のうち証人米田貞一、同大石俊之、同広瀬典義の各供述、及び検第二七号の文部省初等中等教育局長の「昭和三十四年度中学校教育課程都道府県研究協議会の実施について」と題する通達謄本、検第二八号県教育長の「昭和三十四年度中学校技術家庭科大分県実技講習会の開催について」と題する通達謄本、に徴すると、判示中学校技術家庭科実技講習会は、教育基本法に掲げる条項を実施するために必要ありとして制定された学校教育法の第三八条並びに附則第一〇六条において教科に関する事項は監督庁である文部大臣が定めるとの規定に基き公布された学校教育法施行規則を昭和三三、八、二八付文部省令第二五号により改正し、その第五三条で、中学校の教育課程中の必修教科である従来の職業、家庭科に代えて技術、家庭科を定め、第五四条の二の規定に基いて同年一〇、一付文部省告示第八一号の中学校学習指導要領を以て右の教育課程の一般的基準を示したものであるところ、技術、家庭科の内容とするところは工業面に重点をおくもので、従来の職業、家庭科とはかなりの変化があり、従来の担当教師によつてそのまゝでは学習指導に支障を生ずることは必定であるので、これが対策として担当教師に右教科の研修を行う必要から、地方自治法第二四五条の三、第四項地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四八条、第二三条、第四九条、地方公務員法第三九条、教育公務員特例法第一九条によつて、文部大臣並びに都道府県教育委員会は、都道府県又は市町村の教育に関する事務の適正な処理を図るため、これに必要な教育機関の組織、編成、教育課程、教材の取扱に関し指導、助言、又は援助を行うことや、教育公務員の研修に関し指導及び助言を与え、計画を樹立し、その実施をすることができることが規定されているので、これに準拠して昭和三四、五、二二付、文、初、職第四〇一号文部省初等中等教育局長の各都道府県教育委員会宛通達が出され、こゝに文部省並びに都道府県教育委員会の主催によつて本件のごとき講習会が計画、開催されるに至つたものであり、且つ前記学習指導要領は前示のように一般的な基準を示したに止まり、各学校においては、これに従つて地域や学校の実態を考慮し、生徒の発達段階や経験に則応して適切な教育課程を編成すること並びに指導計画作成及び指導の一般的方針についても、各教科等について相互の関連を図り全体として調和のとれた指導計画を作成するとともに、発展的、系統的な指導を行うことができるとしていることが明らかである。

おもうに、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間を育成すると共に、民主的な文化国家を建設し、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする理想を実現するには、教育の力に待たねばならないことは自明の理であり、この教育の目的を達成するためには、学問の自由が尊重され、教育が不当な支配に服することのないよう自主性が確保されなければならないことは当然である。従つて教育行政はこの自覚のもとに教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備、確立を目標として行われなければならない。そして教育基本法第一〇条において、教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負つて行われるべきものであると規定した主意は、教育はこれを掌る教師が党派的偏見に執われることなく、公正な立場に立つて、自主性を失うことなくこれに従事すべきであつて、これがためには政党、官僚、財閥、労働組合等あらゆる外部勢力からの不当な支配に影響されてはならないことを明確にしたものと理解される。

而して右講習会開催の法的根拠並びに憲法及び教育基本法学校教育法の諸規定を検討して考察するに、学問の自由、学問的研究活動の自由が尊重されなければならない点では、大学と初等、中等学校とで区別されるべきでないことは言を俟たないところであり、学校における教育もそれが公権力その他の勢力からの不当な干渉から自由でなければならないことについても同様である。しかし、地方公共団体の設置する小学校、中学校においては、国民に対する義務として、心身の発達に応じ基礎的な知識の修得を目ざす普通教育を施することを目的とし、正しい人間形成と将来の国家、社会の担い手となるに必要な資質を養成することを目標とするものであり、未だ心身の発育段階にあつて、その理解力、判断力には自ら上級教育機関におけると差等のある児童、生徒を対象とするものであること、また国民全般に対して行われる基礎的な普通教育であつて、農家の子弟が将来必ずしも農業に従事するとは限らず、田舎の子供が都市で生活しないとは保証し得ないことからして、大都市、田舎、工業地、商業地、農村のいずれの地域に居住する児童生徒にも普遍的に妥当し、教材や教課内容に差等のない教育が行われることが要請されるものと考えられる。従つて小学校、中学校における教師の教授の自由は右の要請から生ずる制約は避け難く、この点において上級教育機関における教授の自由と同様でないことは已むを得ないことであり、かゝる制約があつても、教師が義務教育の学校の教師としての尊い使命を自覚し、謙虚な心情と教育に対する熱意とを持つて自主的、積極的に研究に努め、創意と工夫を重ねて、対象者に正しいものの見方、考え方を育成する教育活動を行うことは十分に可能であると思料される。もつとも、小学校、中学校における教育課程が如何なる機関によりどのように編成されるべきかは教育学上議論の存するところであらうが、各国の例を見ても教科の種類や時間数等についてその大綱は国で決めてよいとされているのが大勢のようである。されば、前記法令によつて実施しようとした本件講習会の開催は、文教当局が、右教科について教師自らにおいて自発的自主的に研究することに干渉するものではないが、現場における教育実践の反省を折込ませて(教育課程審議会に諮問して)、中学校の教育課程に技術、家庭科を設け、その手がかりが必要なところから一般的基準として学習指導要領を示し、各学校でこれに準拠して実際の指導計画を作成して指導を行うよう指導することとし、これに即応して担当教師に研修を行うことを企図したものであることが明らかであるから、中学校教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を行うものであり、正に教育行政の責務であるということができることは前説示により自ら明白であらう。斯様な教育行政の関与があるからというて、それ自体を以て直ちに不当な支配であるとするのは早計である。しかも、教育課程に必修教科として従来の職業、家庭科を技術、家庭科に改編した所以は、時勢の進展に伴つて科学、技術の教育が不可欠の段階に到来したため、科学、技術の進歩に適応するよう生活に必要な基礎的な科学、技術を習得させ、近代技術に関する理解を与えることを主眼として、選択教科として農業、工業、商業等を置くと共に近代技術を必修教科内容として組織化しようとするものであることが明白であつて、適正且つ妥当な施策であると認められる。

なるほど、権力による統制は常に急速且つ露骨な様相を示すものとは限らず、往々にして徐々に目立たない方法で行われることも考えられないでもないけれども、前記技術家庭科を設け、この講習会を開催しようとする目的は叙上のとおりであるので、この措置に関する限り、政府の再軍備政策に基く教育の統制であると断定することはできず、技術家庭科実技講習会の開催自体が教師の自主的研究を阻害し、教師の主体性を無視するものであるというは独自の見解であつて、賛同し難い。もとより、技術、家庭科の実施にはこれに伴う施設、設備を必要とし、この教科に素養のある教師の養成を必要とすることは勿論であるが、施設、設備の改善に努力すると共に応急の方策として従来の職業、家庭科担当の教師に対し研修を行うことは緊急、適切な措置といわざるを得ない。また右講習の内容及び方法の如何によつては、その当否について論議の余地もあるであらうが、結局は主催者側で責任を以て実施すること、受講者側で正しい評価がなされること、さらに輿論の厳正な批判に俟つことによつて適正を期するほかはないであらう。それ故本件の教育課程を改訂した前記諸法令、これに基いて企画された講習会の開催が教育の自由を不当に拘束する点において憲法並びに教育基本法の精神に牴触する違法なものであるとする所論は到底容認することはできない。

以下順次事実関係並びに法律点に関する各主張について検討することとする。

二、事実関係についての主張は、被告人等は判示日時に日田林工高校にハイヤーで乗りつけた人が広瀬指導主事であること及び同人が公務の為に来たことの認識はなかつたし、また同人がその時資材の運搬をしていたとしてもそれは同人の本来的職務に属さないので公務執行中であつたということは出来ない。仮りに同人が公務の為に来校したものであつたとしても、同人をピケツト破り或は受講者と考えて円満な話合を希望して行動したものであつて公務執行を妨害する意思は存しなかつたのみか、前記校門前に立入禁止の表札があつたので区域外で話合うことを求め、その話合を門外ですべく同人を正門外まで暴力に亘らない強制によつて退去させたに過ぎないので公務の執行を妨害する行為には該当しない。また広瀬に判示講習会を開催するための事務を執行する職務があつたとしても、該講習会の開催は憲法並びに教育基本法の精神及び諸規定に基く教育自治の原則に違反する行事であるので、同人の右職務の執行は違法な行為ということはできないのみか、受講希望者が極度に少く、ために開講が困難であることを察知した主催者側において、開講の意思が消失したに拘らず、開講不能の責を県教組側に転嫁し、相手に違法行為を起させようとして県教組側のピケツトが多数集合していることを知りつゝ、故ら摩擦を起させようと正門前で自動車のスピードをあげて一段と意気込んで、教組側を刺戟する方法で乗込むという不必要な挑発行動を行つたものであつて、正当な職務の執行ではない。

さらに広瀬の被害と称する傷害は被告人等の行為によるものでなく、全く捏造にかかるものである。それ故被告人等に公務執行妨害罪及び傷害罪が成立するいわれはないというにある。

よつて按ずるに

(一)  前掲証拠殊に証人上田忠敏、同清水重孝、同大保友美、同大石俊之、同米田貞一、同広瀬典義の各供述、及び検第二八号県教育長の「昭和三四年度中学校技術家庭科大分県実技講習会の開催について」と題する通達の謄本、同第二九号県教育長の「昭和三四年度技術家庭科実技講習会の運営について」と題する通達の謄本、同第三〇号県教育長の「昭和三四年度中学校技術家庭科実技講習会参加者の決定について」と題する通達謄本、同第三一号県教育長の「昭和三四年度中学校技術家庭科実技講習会の会場運営について」と題する通達の謄本、同第三二号「大分県教育委員会行政組織規則等の写作成について」と題する報告書に徴すると、判示広瀬典義は県教委に勤務する職員であつて、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第一九条、第一四条、大分県教育委員会行政組織規則第八条、昭和三四、七、八付教委学第八六二号大分県教育委員会教育長の各教育事務所宛通達によつて、判示のように、県教委の指導主事として本来教育に関する専門的事項の指導に関する事務に従事していた上に、本件講習会の事務を主として行うために設置された県運営委員会の事務局長に就任し、県下の各会場における講習会開催について、その実質的な事務を担当する職務を有していたので、日田市において開催される同地区の講習会についても、会場の準備、運営の事務遂行はかかつて同人の責任とされていたところから、判示日時に、県運営委員長の指示によつて、同地区の会場である判示林工高校にラジオ受信機、部品その他の資材を携えて登校し、会場の資材、設備を点検して会場の準備をなし、講師との連絡をとり、会場別運営委員会から出向いていた職員を指揮して翌日に迫る講習会の準備をしようとしたものであつて、同人がその職務執行のために来校したことが明らかであり、所論のように単に資材を運搬すること自体をとらえて同人の本来の職務に属するか否かを論ずるのは当を得ないのみか、同人が前示のように会場の設備、施設について責任者としてその準備に不可欠な教材、資材を搬入して、直ちに準備に取りかかるため携行したのであるから同校玄関に到着したとき、まさにその職務の執行に着手しようとしたものであると解し得られるので、公務執行中であつたと認めるに毫も支障はない。そして本件講習会の開催が違憲の行事であるということはできないことは前に説明したとおりであつて、他に右広瀬が執行していた講習会開催に関する事務を違法とすべき特段の事由は見当らない。のみならず、当時の情勢は教組側の受講者に対する不参加説得活動が熾烈で、受講者の中には不参加の意思を表明しているものが相当人数に達していたことは窺われるが、前示証拠のほか証人都留光の供述、及び被告人等の供述によつて、教組側においては講習会の強行開催を予想して判示八月三日の夜半も林工高校附近に開催阻止のため集結を続け、本件事故発生後の午後十二時頃から講習会中止を要求して主催者側と山水館旅館で交渉を行つた事実が明らかであり、主催者側も前記のごとき情報を得ていたけれども、参加を希望して集つている人数もかなりあり、なお参加者の増加に努力していたので、予定どおり八月四日からの開催が可能であると思惟し、万一それができない場合も、翌五日、又は六日に延期することによつて開催は可能であるとの見透しを立て、開催の意思を失つていなかつたことが認められ、県教委において開催不可能と予想して、開催を断念していたことを推測せしめる資料は見当らない。また、証人穴井隆夫、同広瀬典義の各供述からすると、広瀬の乗車した自動車は、林工高校正門前のたいこ橋を渡り、左折して校門に向うところで上り勾配となつているところから教組側の人々が運転手に停止させようとした際、広瀬から停車しなくてよいと注意したため、同運転手は、クラクシヨンを鳴らし、それまでと同じ速度でガスを吹かして坂を登り校門内に乗入れたことが窺われ、殊更に学校附近に集結していた教組及び他労組の人々を刺戟するような方法であつたとは見られないし、相手方をして摩擦を起させようとする意図のもとに、講習会開催不能の責を県教組側に転嫁しようとして、とつた不自然な行動であると認むべき証拠は見当らないので、広瀬の判示職務の執行が相手に違法行為を起させようとしてなされたものであるとして違法であるというは独断の譏を免れない。

(二)  さらに前掲証拠のうち特に証人都留光、同大保友美、同森山善之、同佐藤友喜、同井上裕、同高田研一、同広瀬典義の各供述に徴すると、判示広瀬と被告人等との間には判示同校玄関前において次のような趣旨の問答が行われている。すなわち、

教組側「お前は誰か」

広瀬「私は県教委の指導主事だ」

教組側「何という指導主事か」

広瀬「広瀬だ」

教組側「立入禁止の札が立つているのになぜ入つて来たか」

広瀬「電話をかけて許可を得てある」

教組側「何しに来たか」

広瀬「技術家庭科の実技講習会を開くために来た」

教組側「県教組と県教委と話合がついていないのに講習会を開くのはけしからぬ、話合をしよう」

広瀬「私はそういう権限はない」

教組側「誰か責任者は来ているか」

広瀬「課長が来ている」

教組側「こんな講習会は開かんでもいいじやないか帰れ」

広瀬「自分も計画に入つて企画したんだ、決して悪い講習会ではない、はいらしてくれ」

教組側「技術家庭科は学校教育法のどこにあるか、法的根拠を示せ」

「組合員のところへ行つて話合をしようや」

広瀬「組合員ではないし、行く必要はない、入れてくれ」

以上の問答からして、かりに被告人等が広瀬の乗車の後を追うとき、同人が受講者であると考えていたとしててもこれによつて相手が県教委の指導主事である広瀬であつて、講習会開催準備に来たことを認識し且つその認識のもとに行動したものと認めるに充分であり、被告人麻生、同野田、同小谷において相手を受講者に間違いないと思つていた、翌日教委側から来た抗議文で始めて広瀬主事と知つたとの供述は信用出来ない。なお被告人麻生の当公廷における供述中「組合は説得に来ている、組合の言うことを信用できないなら、教委なり、教育事務所に行つて聞いて来い」との言辞も相手を受講者と信じてこれを説得した言葉とは必ずしも考えられないのみでなく、被告人等に広瀬が公務執行中であることの認識がなかつたことを首肯せしめるに足りる証拠は発見することができない。

(三)  而して県教組日田支部に所属する被告人等が、日教組、県教組の指令に基いて、教育課程改訂に反対し、移行措置講習会に不参加態勢を確立し、講習会の開催を阻止する活動に参加して、本件日田会場においても県教組の組合員多数及び日田地区の他労組員と共に同校周辺に集結していたものであることは被告人等の各供述並びに弁護人提出の各証拠によつて明瞭である。そして前に説明したとおり日田地区の講習会においては、不参加説得活動が強く、玖珠郡、日田郡の教組には不参加の意思を表明していたものが多く、殊に日田市の教組は最も強硬であつたし、当裁判所の検証の結果によつて明らかなように判示林工高校の地形からして講習会の会場に使用する各教室は分散していたため、根気強くピケツトを張れば講習開催中においても説得の機会は多々あつたものと見られるので、単に受講者を説得することのみを目的として学校周辺に集結していたものであれば、主催者側に対し直接行動をとる筈はなく、前示のように広瀬が県教委の指導主事であつて、講習会開催の準備のために来たことが明確になつたにも拘らず、同人が学校の室内に入らうとするのを阻止し、校門外に連れだす行動に出る必要はないものと思料される。被告人野田、同麻生、同小谷の各供述によると、会場の準備に来たというのは県教委側の工作により受講者に主催者側の職員を仮装させたものと信じ、広瀬の言を真実と思わなかつたというのであるが、同校玄関前においては勿論のこと、正門外に連れ出した後においても、広瀬に対して、県教委の主事であることに疑を持つてその真偽を確める措置に出たこと及び受講者として説得したと見られる形跡は証拠上認められない。それで、被告人等は判示八月三日午後五時過頃に至り広瀬が講習会開催準備の為め出現したことにより、性急にも一挙に阻止の実効をおさめようとして行動したものと推測するのほかなく、他に右のごとき行動に出た意図を合理的に理解することができないので、ひつきよう、広瀬が県教委の指導主事として講習会開催の職務を執行するに際し、これを妨害しようとする意思があつたことを否定するに由ない。

(四)  加之、前記証拠のほか証人桜木英憲、同溝田実雄、同川部巖、同足立満喜人の各供述、押検第三号の一乃至四、第六号の各写真を綜合して考察すると、被告人等は意思相通じ、共同して交々前記のごとく広瀬と問答して、その前面に立塞がり、胸部を突いたり、背後から押したり、左右の腕をつかみ、引摺る等の有形力を行使して同人が再三に亘り学校室内に入らうとするのを阻止し、正門外まで無理に連れ出した事実が肯認できる。被告人等の供述、並びに証人武内二立、同草野忠彦、同吉武正行、同高田研一、同坂本伊平等の供述によると、被告人等は玄関前で最初広瀬が前面に立塞つていた被告人等を突きのけて入らうとしたのを止めた後は、同人が二回程突発的に玄関から入らうとする行動に出たのを止めたのみで、以後同人が自発的に正門外に出て行つたというのであるが、これによつても少くとも三回に亘つて広瀬の入室を実力によつて阻止したことが明白であり、前掲写真によつても、継続的でない特定の地点における瞬間的な情景のみを示したものとは見られないので、爾後広瀬が自発的に正門外に出て行つたものとは到底認められない。従つて、被告人等において暴力に亘らない強制によつて換言すると、平和的な説得によつて、広瀬を門外に退去させたものということはできないので、被告人等の暴行行為によつて広瀬の職務の執行を妨害したものと認定するに何等妨げない。

以上説示のとおりであるから、被告人等の所為は公務執行妨害罪の構成要件をすべて充足するものと判定できるので、これを否定する所論は採用し得ない。

(五)  次に前掲証拠のうち、検第一号診断書、押検第一号広瀬典義のカルテ並びに証人迫田晃郎、同大塚一郎、同井上裕、同広瀬典義、鑑定人中村裕の各供述に徴し、広瀬典義に判示のごとき右上膊部の打撲傷、及び擦過傷が存したこと、及び被告人等の前示の暴行による受傷であることが認められる。その程度は、受傷後数時間を経過した当夜午後十時頃医師迫田晃郎の診察の際は、充血と腫脹があり、疼痛を訴えており、殆んど出血はなかつたが数条の引掻傷が見られたし、広瀬は数日間痛みを感じたものであることが窺われ、広瀬は右迫田医師により受傷当夜手当を受けたほかは格別の治療も受けず、休業した事跡もないことが推測される。従つて右傷害は比較的軽微なものであると言い得られるとしても、刑法的評価からして傷害罪の構成要件たる傷害に該当すると認めることは何等社会通念にも反するものではなく、その刑事責任の軽重は別として可罰性を否定すべ程軽微なものと認めるに足りないし、所論のように本件傷害が被害者側によつて故意に作為された捏造にかかるものであることを推測すべき証拠はないので、被告人等に傷害罪の成立することを否定し得ない。

三、法律点に関する第一の所論は、広瀬の前記行為は、前述のように講習会開催が不可能であることを認識しながら、強いて県教組の組合員を挑発して違法行為を起させる意図に出たものであつて、受講予定者の説得を目的として集結していた教組の正常な業務の遂行を妨害乃至は組合の団結権を侵害するものである以上、被告人等の本件行為は右侵害を排除するため、組織の指令を実行した行為であつて正当な行為ということができるから違法性阻却の事由があるというにある。

しかし、判示広瀬が判示林工高校に登校し、室内に入らうとした行為が、講習会開催が不可能であることを認識し、県教組の組合員等を挑発して違法行為を起させようとする。意図に出たものと認められないことは上来説示したとおりである。それで、被告人等をはじめ、教組の組合員等が、たとえ日教組、並びに県教組の指令に基いて、受講予定者の説得の目的で集結していたものであつても、そして受講予定者である教組員で組合の講習会開催反対の決議に違背して講習会に参加しようとするものがある場合、これを説得するために集結して所謂ピケツトを張ることが組合の正当な業務の遂行であり、且つ組合の団結の威力を誇示し、闘争への協力を求める団結権(団体行動をする権利)の行使であるといえるとしても、広瀬は受講者ではなく、右講習会開催の準備のために同校の室内に入らうとしたもので同人の行為は被告人等のいうところの業務とは直接関係のないものであることは前に説明したとおりであるから、同人の行為が被告人等の業務の遂行、乃至は団結権の行使に対する侵害であることを肯定する事由は発見することができない。いわんや、憲法の保障する表現の自由には自ら限度があるのであつて、暴力的示威までが憲法の保障する表現の自由に属すると解するのは誤解である。暴力の行使は如何なる意味においても憲法の容認するところでないことは憲法の前文並びに労働組合法第一条の趣旨からしても明白であるから、前に説明したごとく適法な公務の執行として広瀬が前記林工高校に入らうとするに際し被告人等が暴力を以てこれを阻止した行為を組合の指令を実行したものであるとして、正当な行為であるとは解し得ない。それ故被告人等の本件所為に違法性を阻却する事由があるものとは認め難い。

四、同前第二の主張の要旨は、被告人等は法令によつて認められた県教組の組合員であつて日教組の決議に従い、文教当局が憲法並びに教育基本法に違背して、前述のごとく学校教育法施行規則の改正及び文部省告示をもつて技術家庭科を設け、学習指導要領に法的拘束性を持たせ、これを実施するため実技講習会を開催しようとするに当り、教育の民主化のため、学問の自由と教育の独立を守るため、すなわち、憲法的秩序を擁護するために、官製講習会反対の運動を展開し、その一行動として教組の団結を守り受講者を林工高校附近において発見した時は、これらの者に対し、その協力を求め、説得の機会を得るため、教組員及び応援の地区労の労働者と共に集結し、正当なピケツトを張つていたところ、たまたま広瀬がこのピケツトを突破してタクシーで乗り入れ林工高校の玄関に来たので、同人を受講者と思惟し、又はピケツトを侵害するものと判断し、立入禁止区域だから門外で話合うと求めて、話合を門外でするべく同人を門外まで退去させるため暴力に亘らない強制力を行使して叙上憲法的秩序の侵害を防いだものであつて、その動機、目的は正当であり、その手段、方法においても相当であるから、憲法自体に内在する超実定法的な抵抗権の行使ということができるので、超法規的違法阻却事由があるというにある。

審案するに、被告人等の所属する日教組、及び県教組が本件講習会の開催について所論のような目的を掲げてこれに反対する運動を展開し、開催阻止活動を続けていたことは証人宮之原貞光、同青野勝比古、同藤野準一郎、同宇野精進、同斎藤耘平の各供述及び被告人等の供述並びに弁第一乃至第六号の書面から明らかであるが、広瀬の林工高校に入らうとした行為は正当な職務の執行であり、被告人等が同人を正門外に連れ出した行為の適法性を是認できないことは前記二、及び三において説明したとおりである限り、被告人等の本件行為がその動機、目的において正当であり、その手段方法も相当であるとは認め難い。

およそ、悪法や専制に抵抗する自然法的な権利を認めようとする立場からしても、主観的価値観による無軌道な抵抗権の発動は厳に戒めるべきである。或る特定の法令の内容が個人や集団の主観的な判断で憲法に違反すると称し、法令を無視して実力や暴力に訴えることは明らかに憲法に違反するものといわねばならない。仮りに被告人等が日教組並びに県教組の指令に従い今次の技術家庭科実技講習会の開催が教育の自主性を侵し、再軍備政策を推進しようとするものであつて、行政権力によつて教育を不当に支配するものであると信じ、これを阻止することによつて真実に教育の独立、教育の自由を守る目的があつたとしても、これによつて如何なる手段をも正当化するものと解することは誤りである。しかも、広瀬の前示行為が憲法的秩序の侵害であるということはできないことは前に説明したとおりである。もし、日教組、県教組、これに所属する被告人等であつても、その理想とするところを実現しようとするならば、国法が是認する機構を通じ、法の許す手段によつて行うべきである。それ故被告人等の本件行為が所謂超実定法的な抵抗権の行使であつて、超法規的違法阻却事由に該当するものと認めるに由なく、所論を採用することはできない。

五、同前第三の所論は、本件講習会の開催が、教育自治の原則を破壊するものであるので、これが撤回乃至修正を要求する県教組と県教委との話合の機会は県教委の強引な開講の意図により絶望視される危険に頻しており、これを施行することは国家的に見て著しく不利益であるので、これを一時避けしめる緊急の状態にたち到つたため、被告人等は教育自治擁護の目的で採られた県教組の反対闘争という団体行動として本件行為に出たのであるから、まさに超法規的緊急避難行為に該当するというにある。

しかし、教組側が本件講習会開催反対の闘争を行つて、県教委をしてその企図を撤回又は修正させようとしていたことは前説示のように明らかであるけれども、主催者側の県教委はそれまで教組側との話合においてあくまで開講を実施する意思を表明して来て、開催日の前日に至り同会場の運営の責任者である広瀬指導主事がその準備のために判示会場校に出向いたものである事実も前に掲げた証拠によつて明白である。そして前説示のように本件講習会の施行が教育自治の破壊であつて国家的に著しく不利益なものであるということはできないし、教組側が主催者側と誠意ある話合をしようとする機会が右に述べたような主催者側の行為によつて失われる状況に立ち到つたものとは認められないので、いかに超実定法的観点からしても、教育の自由が侵害される危険が現在するものとは解し得ない。従つて被告人等が広瀬において判示日時に開講準備のため判示林工高校の室内に入らうとするに際し、暴力を以てその入室を阻止した行為が、教組の団体行動として行われたものであるからというて、緊急な危険を避けるために已むことを得ずしてなされたものであると是認することはできず、超法規的な緊急避難行為として責任阻却事由とするに足りないので、右主張は採用の限りではない。

六、なお弁護人は、本件被告人等の境遇、経歴、事案の内容、刑罰効果、教員資格に影響があること等から見て、また他の著名事件で起訴猶予、不起訴処分に附せられたものと比較すると、本件は起訴すべからざる事件であるにも拘らず、これを起訴したことは日教組の団結権、団体交渉権を不当に圧迫することを企図したものであつて憲法第一四条が保障する法の下における平等の原則に違反することが明らかであり、且つ本件公訴事実のごとき事実を記載した起訴状は刑事訴訟法第三三九条第一項第二号に該当し、その公訴提起は無効であるから本件公訴は棄却さるべきであると主張する。

しかし、刑事訴訟法第三三九条第一項第二号において「起訴状に記載された事実が真実であつても、何ら罪となるべき事実を包含していないとき」には公訴を棄却しなければならないと規定しているのは、「起訴状に記載された事実自体からその事実が罪とならないことが明らかなとき」を指称するものであるところ本件起訴状に記載の事実が法律上犯罪を構成する事実であることはその記載自体から一見明瞭であり、審理の結果に徴しても結論を異にしないから、公訴を棄却すべき場合に該当せず、右申立は理由がない。さらに序ながら附演すると、刑事訴訟法第二四七条の規定に徴し、検察官は起訴、不起訴の決定について権限を有し、不起訴に関して裁判上の準起訴手続、および検察審査会制度が設けられているほかは起訴すると否とはその裁量に委ねられているのであつて、本件起訴が、所論のごとき企図に出たものであること、法のもとにおける平等の原則に違反するものであることを断定するに足りる資料は見出し得ず、他にこれを不法と認むべき事由は存しない。

以上のとおり、被告人ならびに弁護人等の主張はいづれも採用できないので、被告人等の罪責を否定するに由なく、諸般の事情は情状として参酌するのほかはないものと思料される。

(法令の適用)

被告人等の判示所為中、広瀬典義の公務の執行を妨害した点は刑法第九十五条第一項、第六十条に、傷害を与えた点は同法第二百四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項、刑法第六十条に該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項前段第十条により最も重い傷害の罪の刑をもつて処断することとし、その懲役刑の刑期範囲内において被告人麻生一二、同野田和之を各懲役三月に、被告人小谷宙彦、同渡辺昭二を各懲役二月にそれぞれ処することとし、諸般の情状に鑑み刑法第二十五条第一項第一号により被告人四名に対し本裁判確定の日から一年間いづれも右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条を適用して全部被告人四名の連帯負担とする。

仍つて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 小沢博 志鷹啓一)

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